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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)145号 判決

控訴人 行方兼孝

被控訴人 行方タカ

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、建物収去に要する費用のうち、三分の一を被控訴人の負担、三分の二を控訴人の負担として、別紙〈省略〉記載の建物を収去し、別紙記載の土地を明渡せ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決をもとめ、被控訴代理人は、控訴棄却の判決をもとめた。

当事者の主張、証拠の提出援用認否は、控訴代理人が当審で主張した次の主張および証拠の提出援用認否を附加するほか、原判決の事実摘示に記載するとおりである。

控訴代理人は、当審で次のとおり主張した。

「一、控訴人と被控訴人との共有の本件建物について、控訴人にその収去をもとめるのは、控訴人にその共有持分を越えて建物全体の収去を強うるもので、控訴人に不当な負担となる。

二、本件土地が被控訴人の所有であるとしても、その上に建物を建てることを被控訴人の夫であり、控訴人の父である孝に許容した以上、孝の死亡後共同相続人たる控訴人に対し相当の賃料で賃貸すべきが当然であつて、孝が死亡したからといつて、建物の収去、土地の明渡をもとめるのは、権利の濫用であつて許されない。」

(証拠省略)

理由

一、別紙目録記載の土地(本件土地)につき、昭和一六年九月二九日高橋隼人から被控訴人に対する所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がないので、本件土地は被控訴人の所有に属するものと推定される。

被控訴人は右所有権取得の原因として、被控訴人が高橋隼人から右登記の日に買受けたものであると主張し、控訴人は被控訴人の夫であつた亡行方孝が右高橋から買受けて所有権移転登記のみ被控訴人名義で受けたもので、被控訴人は当時買受けの資力はなかつたので被控訴人が買受けたものではないと主張するが、当時の被控訴人の資力に関する原審証人行方美知江、同岩佐義二郎、同大川和江の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)は、原審証人行方三郎、同増田孝一、同唐鎌仲正の各証言および原審および当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一回)と対比して、いまだ当時の被控訴人の無資力をみとめさせるに足りないし、高橋隼人からの買主に関し控訴人の主張に副う原審証人高橋美明の証言および原審および当審における控訴人本人尋問の結果(原審は第一回)は成立に争のない甲第二号証(建物土地売渡書)および原審および当審における被控訴人本人尋問の結果(原審は第一回)と対比して、直ちに信用することができない。そして、他に控訴人の主張事実をみとめ、上記所有権帰属の推定を覆すに足る証拠はない。

二、被控訴人の夫であつた亡行方孝が、昭和一八年頃本件土地に別紙目録記載の建物(本件建物)を建築して所有するにいたつたこと、行方孝が昭和三四年一二月一日死亡し、同人の先妻との間の子である控訴人と、妻であつた被控訴人が、遺産相続により、本件建物の所有権を取得し、控訴人が三分の二、被控訴人が三分の一の持分をもつて本件建物の共有者となつたことは当事者間に争がない。

三、行方孝が本件建物を建築した際、被控訴人が行方孝との間で、同人が本件建物所有のため本件土地を無償で使用することを許す旨を約したことは当事者間に争がない。そうすれば、右は本件土地の使用貸借契約というほかはない。

控訴人は、右夫婦間の契約においては、借主たる夫孝が死亡し、建物が貸主と他の相続人との共有となつたような場合は、使用貸借関係は消滅することなく存続するか、賃貸借に切換える旨の特約が含まれていると解すべき旨を主張するが、右の契約関係自体で直ちにそのように解釈することはやはり無理といわねばならないし、右特約をうかがうに足る証拠もない。

したがつて、右使用貸借は、上記行方孝の死亡によつて終了したものといわねばならない。

四、そうすれば、控訴人は本件建物を所有し、これによつて本件土地を占有しているものというべきであるから、本件土地の所有者である被控訴人に対し、右建物を収去して、右土地を明渡す義務があるわけである。控訴人が建物の共有者であつて、単独の所有者でないとしても、右の義務を負うことに変りはない。

一般的に言つて、土地所有者は、地上の建物の共有者の一人だけを相手としてその建物全部を収去して土地を明渡すことをもとめることができる。ただ、建物共有者の一人だけを相手にした訴訟で、建物収去土地明渡を命じた判決を得ても、その強制執行のためには、他の共有者の承諾を要し、承諾を得られない場合は、さらに、その共有者に対する同様の判決を得ることが必要となるだけである。

そして、右建物収去土地明渡の判決の執行は、民事訴訟法第七三三条民法第四一四条第二項により、裁判所の授権決定を得て、土地所有者自らまたは第三者に依頼して、建物を収去し、土地明渡の執行をすることになるのであり、その建物収去の費用は、執行債務者たる建物所有者が負担し、債権者は、建物収去土地明渡の判決にもとづいて右収去費用を予め、または事後に債務者から取立てることができる。

ところで、建物の共有者の一人に建物収去土地明渡をもとめる場合、他の共有者が第三者である場合は別として土地所有者自身が建物の共有者である場合には、建物の収去は、どのみち、その者の意思が加わらねば実現しないわけで、収去は、前記の強制執行の場合でいうと、執行債務者に対する強制執行であるとともに半面に執行債権者が自己の所有建物を自ら除却する行為をも含んでいるわけである。その収去の費用を全部執行債務者の負担とすると、債権者は、もつぱら債務者の費用で、自己の所有建物除却の目的を達することとなつて、不公平な結果となる。その場合、収去費用は、共有持分の割合によつて、債権者も一部負担すべきであることは、民法第二五三条によつて明らかである。したがつて、建物共有者の一人が土地の所有者として他の建物共有者に建物の収去土地の明渡をもとめる場合、建物収去費用のうち、建物共有持分の割合により自己が負担すべき部分は相手から取立てることはできない。本件の場合、本件建物について被控訴人は三分の一の共有持分を有するのであるから、収去費用の三分の一は被控訴人が負担しなければならないわけである。

五、控訴人は被控訴人の請求を権利の濫用であると主張するが、原審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果(それぞれ第二回)によれば、控訴人は行方孝の生前からすでに本件建物に住んでおらず、被控訴人が現在まで引続き居住しているのであり、被控訴人は本件土地に別の建物を建てて利用したい希望をもつていることがみとめられるので、前記認定の身分関係相続関係だけから、直ちに被控訴人の建物収去土地明渡の請求を権利の濫用ということはできない。

六、そうすると被控訴人の本訴建物収去土地明渡の請求を認容した原判決は、その限りでは相当であるといわねばならない。しかし、単純に控訴人に建物収去土地明渡を命ずる判決は、それ自体では建物収去費用にふれた判決ではないが、強制執行に入ると前記のとおりその判決を基本として、建物収去費用が控訴人から取立てられることになるわけであるから、その費用の一部を被控訴人が負担すべき場合は、判決においてその旨を明らかにするのが相当であると考える。したがつて単純に建物収去土地明渡を命じた原判決はその点では不当で、右のとおり変更すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 鈴木敏夫 友納治夫)

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